ラジオの投稿から伝わって来たこと2016年03月08日 19:30

岩手放送のラジオ番組の中で、
今日、被災された方からの葉書が紹介されました。
毎年この時期になると体調を崩し、特に3月に入ると、
あのときの寒さや雪、音や臭いが、蘇ってくるので、テレビも見れず、
ひたすら家に引きこもる日々が続くのだそうです。
多くの人は、「あの日を忘れない」と言うけれど、その人は「あの日を忘れたいけれど忘れられない」と嘆いていました。
源内さんが、4年たっても海が見れなかったように、それぞれ触れたくないことはたくさんあるのでしょう。
私のように、見て聞いたことを次の人に発信する、そういうことに使命を感じている人もいれば、そのことで辛い思いをしている人もいる。そういうこと。

私は9月からお薬を飲まなくなってから、怖い夢を見ることがなくなりました。
しかし、ここ数週間は夢に必ず水が出てきます。
ゴーゴーと流れる大きな川の淵を歩かなければいけない夢とか、
一面が洪水になってしまった町を見る夢とか。
ずっと調子が良かったのでなぜだろうと思っていましたが、もしかしたら、
3.11が近づいているからかもしれません。
なんかスッキリしなくて、そわそわしたり、ふさぎ込んだり。
何かをしていなければいけない衝動、そんな毎日を過ごしています。
やっぱりこれも、そういうことなのかな。

震災については日々思ったことを綴ってきているので、
この時ばかりは発信するのをやめようかなと思ったり。
あえて、楽しい話でみんなを笑わせようかなと考えたり。

でも、そういうわけにはいかないよな。だって岩手に住んでいるんだもの。
見たくない人は見なくていい。そう考えた方が良いのかもしれない。

こんな話を聞いた。
家族を失くしてもいつも笑っていて、でもきっと一人で泣いているんだろうな、
辛いこと、たくさん経験して、地獄のような風景を見てきたんだろうな。
でもその子は、そういう素振りは一切見せない。がんばって前向きに生きている。
そんな女の子がさ。ある集まりに参加して、おそらくそこで震災の話が出たんじゃないのかな。我慢できなくなって、その場にいられなくなったんだって。
そこで何があったのかはわからない。
でも、いろんなことを思い出してしまったんだと思う。

震災のことを語るって、すっごく難しいことなんだなって思いました。
最初の葉書の中にも書いてあったけれど、音や臭いが脳裏に焼き付いているって本当に辛いと思う。自分には経験がないから。想像するしかないけどね。


私にできること。
11日までは、このブログ。2本立てでいこうと思う。



あっぱれ!あげます2016年03月08日 20:09

たとえ53歳でも、学校で勉強するということはこういうこと。

昨日、みゃむの学校で予餞会がありました。
小学6年生、中学3年生、高校3年生、専攻科3年生を送る会です。
いろんな出し物があったようです。
みゃむはピアノとギターに合わせて、歌を歌いました。

放課後は昇降口の外で餅つき大会が開催され、みんなでつきたてのお餅を食べたそうです。(みゃむの杵の振り方がプロの技だと褒められたらしいww)

で、持ち帰ってきたのがコチラ。お楽しみセット?


みゃむさん、お子ちゃまじゃあるまいしね~。


お菓子には全く興味を示さずスマホをいじっていたみゃむ。さすが大人。


と思ったら。10分後には、お菓子がない!ない!一つもない!!

\(゜ロ\)(/ロ゜)/ドコ?ドコ?\(゜ロ\)(/ロ゜)/





しかーし。
保護者〈妻)は、ゴミ箱から見つけた!
これぞ、かくたる証拠。ジャーン!

(本人は、何気なくゴミをまとめたつもりらしい…)


「あっぱれ!」 あげます。



今日の手仕事2016年03月09日 15:19

問題です。

これから何が出来るでしょうか?




正解はこちら。

だいたい4時間ぐらいかかったでしょうか。
出来上がったのはこちらです。





本格的な蝶ネクタイを作りました。

エル君にプレゼントしようと思います。
このデザインで気にいってくれたら、また作ってあげようかな。



父がよく読んでいた本2016年03月09日 15:31

これだけは処分できませんでした。
中を見ると、メモがあったり付箋がついていたり。

東日本大震災のとき、父はもういませんでしたが、
その数年間にこの本をよく読んでいました。



写真がなかった時代。
このようにして、その様子が伝えられたのですね。



ふるさとは今もかわらず2016年03月10日 20:31

昨日から、私が「新沼謙治」「新沼謙治」と騒いでいたら、
とうとう呆れたどんちゃんが、
「新沼謙治って誰さ!」と言いました。

正直、説明するのが難しい…。
(スター誕生から生まれたアイドル…とは言えないよな)


まずはこの映像を見せました。(どれか見てみて♪)

するとどんちゃんが言いました。
「歌、上手いね。」

この曲は、なんと新沼謙治の作詞作曲。
びっくりしました。
2011年に被災し、その年に奥さんを癌で亡くし、その思いを歌にしたのだそうです。

思えば私が高校2年生の時。
一関で「新沼謙治ショー」を友だちと二人で見ました。
まだデビューして少しだったので、知っている曲は「嫁に来ないか」と「ヘッドライト」。
新沼謙治のファンは友だちの方だったので、私はあまり興味がなかった。
むしろ男の子に興味がなかった友だちが、熱狂的に思いを寄せていたので、
そっちを見ているのが面白かったです。

新沼謙治は、ほとんどテレビに出なくなりましたが、
なんと岩手県大船渡出身で、しかも壊滅的に被災した大船渡市盛町出身。
(盛(さかり)駅は、津波で流され、今は線路しかありません)
岩手県の貴重な芸能人の一人です。

昨日は岩手放送の「わが町バンザイ」という番組に出演し、地元大船渡市を案内していました。

もう還暦だそうです。
年とったなぁ~。(私たちもね)笑



お相撲が好きな人へ2016年03月10日 20:58

今日、シブ5時という番組でやっていました。

検索してみてください。
大相撲力士会が歌う「ひよの山かぞえ歌」


雪が降ってきた2016年03月11日 10:05

雪が降ってきました。

今日は体調が思わしくないなぁ。
去年より、気持ちが重いような気がします。

昨日は、早く12日になればいいと言っていた人がいました。
沿岸に住んでるいる人です。
明日になったところで何も変わらないけれど、
私も同じように思います。

マルカンデパートに行ってきた!2016年03月12日 18:22

今日はどんちゃんがお休みだったので、どこかドライブに行こうということになり、
おそらく3人揃って行くことはもう難しいであろう、マルカンデパートに行ってきました。

まずは12時にハナにごはんを食べさせて、それから出発。
国道4号線を1時間ぐらい南下して、花巻市に到着しました。
キタ~。マルカンデパート。
見よ、6階だけなんか重そう…笑


ということで、さっそくエレベーターに乗り込み、6階へ。
でも、あれ?
エレベーターのドアがあいたら、なんとガラ~ン。
え?もう閉店した?
よく見たら、7階でした。おいおい、どんちゃん。ボタン間違えたでしょ。


6階のエレベーターが開くと、
そうそう、これこれ♪こうでなくっちゃ。



満席でしたが、食券売り場の行列に並んでいるうちに席が空きました。
少しお昼の時間をずらしたからかな。ラッキー♪
それにしても、閉店のニュースもあってかものすごいお客さんでした。



どんちゃんは、わかめラーメン。
塩味のスープが美味しかった。海藻がたっぷりはいっていたし、ホタテも入っていたので、もはやこれはわかめラーメンというより、釜石駅で立ち食いした海鮮ラーメンに近かった。


みんなで食べたさいころステーキ。


私が頼んだのは、ちらしセット。
630円と格安でした。味はそれなり。でもなぜか懐かしい。
(ピンク色のさくらでんぶが敷いてあったからかな。)


みゃむは、オムハヤシを注文しました。
あ、写真を撮る前になくなってる…(*´з`)チッ


そして、最後は名物ソフトクリーム。
(やっぱりみゃむは食べるのが早い)



食事はけっこう待たずに食べれましたが、デザート系は40分待ちでした。
ソフトクリームは、いつもなら食後に頼むのですが、今日食事と一緒に食券を切ってもらいました。(お店の人がそう勧めたので)
それでも30分ぐらい待ったかなぁ~。


マルカンデパートの大食堂の見どころは、社長さんも部長さんもみんなウエイターとしてお手伝いしているところです。


あぁ。このかわいいウエイトレスの制服ともお別れなのね。
(忙しそうなのでピンボケ)


今日はまじまじと厨房を眺めました。
すっごく広い厨房でした。そこに大勢の人が忙しそうに自分の担当のメニューを作っていました。
制服(白衣)も違っていました。和食は和食。洋食は洋食。
寿司職員は奥。中華は右側。デザートは窓側。みたいな。
すごいなぁ。
この空間が突然なくなってしまうなんて、もったいないなぁ。

「忙しそうですね。」と私たちのところに食事を運んでくれた部長級の男性に声をかけました。
「おかげさまで。閉店と聞いて遠くからも来てくれているみたいで、ありがたいですね。」
特に今日は盛岡から来たというお客さんが多いそうで。閉店までがんばります!と言っていました。

外に出ると、ほぼシャッター街。
マルカンデパートが6月で閉店したら、ここはいったいどんな街になるのかな。




さて、花巻市まで来たのなら、ついでに行ってみたいところがあ~る。
それが、ここ。



全国放送でも激安スーパーで紹介された「スーパーオセン」というところ。
北上市にあります。
もやし6円。とにかく全部安い。

みゃむは白杖を持って店内に入りましたが、とにかく人、人、人!でゆっくり歩く余裕がなく、レジも行列だったし、何も買わずに帰ってきました。
社会科見学といったところですね。

それにしても、今日はマルカンの大食堂でも何百人、オセンでも何百人の人を見て、いつもひっそりと暮らしている我々にとっては刺激的でした。

帰り道、紫波町のオガールという産直市場に寄りました。
もやしは35円だったけれど、私たちはこっちがいいな。

午後6時。
ハナが待つ家に無事帰宅しました。
あ~楽しかった。

52歳2016年03月13日 11:13

今朝、何を思ったのかみゃむが布団の中で言いました。

「俺って何歳?」

「え?」

「52?53?」

「52だよ。」

「だよね。」

私はすぐにピンときました。

「わかる~。私もそうだった。52歳のときっって自分の年齢がわかんなくなるんだよね~。若いほうがいいくせに、自分は53歳じゃないかっていう錯覚に陥ったよ。きっと52という数字のマジックだと思うよ~。」

みゃむはほっとした様子で、妙に納得。

「そうだよね。53歳になれば、『ゴミ』とか『御三家』とかって憶えていればいいもんね。わかった。俺は今、52歳。10月になれば53。」


ゴミはともかく、御三家っていったい…。

青春の一曲2016年03月14日 10:50

音楽といえば、クラシック音楽が好きでしたが、
若いときはジャンルは問わず興味があれば何でも聴いていました。
その中でも、自分が持っていたLPレコードの中にELP(エマーソン・レイク&パーマー)の『展覧会の絵』というものがあり、これがまた当時の友だちからは評判が悪く、「野崎はなんでこういうの好きなの?」とよく言われたものです。
最近ネットニュースで、このメンバーのキース・エマーソンという人が亡くなったことを知りました。

こんな音楽(ロック)をステレオでガンガンかけて、
父も母もうるさかっただろうなぁ。
しかも、これが終わるとメンデルスゾーンとかヴィバルディとかかかるんだから、
私のこと(頭の中)がおおよそ心配だったことが分かります。

ちなみに、私は民謡も好きです。
沢内甚句とか南部牛追い唄など、岩手の民謡も下手だけど歌えます。