ボランティアに参加して①2013年05月08日 10:24

昨日はこんなことをしてきました。

盛(さかり)駅のすぐ近くにあるカメリアホールで、
1~3歳児は1階のホールでお母さんと子ども立ちがアクリル絵の具を使って、
存分にお絵かき(ペンキ塗り?)をして遊びました。



絵の具は初めてという子どもが殆どだったので、
はじめは筆を使うことに戸惑いを感じていたようですが、
だんだんハマってくると、描いているんだか、たたいていいるんだか…。
また、ローラーもあったので、ペンキやさんなった気分で楽しんでいる子どももいました。




その他、遊具を使って遊んだり、
おやつを食べたり、お弁当親子で食べたり、
午後は「ドラえもん」の映画を見ました。
全てが自由参加なので、途中で眠くなって帰る親子も何人かいました。



2階は、妊婦さんと1歳児までの赤ちゃんを連れたママさんたちのコーナーです。
広い和室を開放して、それぞれ強制ではなく、
自由に赤ちゃんの体重測定をしてもらったり、
離乳食を目の前で作ってもらって試食したり、
ベビーダンスをインストラクターと一緒に楽しんだり、
一人ずつハンドマッサージをしてもらったり…。

妊婦さん同士のお喋りや、赤ちゃんママ同志のお喋りなど、
ゆったりほのぼのとした時間を過ごしていました。
2階には助産士さんと保健士さんも数人いるので、
悩みごとなど相談している新米ママさんもたくさんいました。

私は、賑やかな1階と静かな2階を行ったり来たり。
小さな子どもとお喋りをしていると、とっても楽しい。
赤ちゃんを抱っこしていると、とっても癒される。

でも、ここに来ているお母さんたち、ましてやここにも来れないお母さんたちは、
毎日の生活の中でそんな余裕がなかなか持てないんだなぁ、と感じました。

ボランティアに参加して②2013年05月08日 22:11

大船渡市は、太平洋沿岸のヤブツバキの北限とされています。
市内にも、いたるところに椿の花が咲いていました。
同じ木なのに違う色の花が咲いていました。思わずうっとり(*^_^*)




被災地でのボランティア。
http://kosodateship.org/

遊ぶ場所を求めて、遊ぶ友だちを求めて、
そして、同年齢の子どもをもつお母さんが何かを求めて、
こうしてたくさんの親子と妊婦さんが集まってきました。

津波で公園が流され、子どもたちが遊ぶ場所がなくなりました。

昨日の写真にも写っていましたが、
遊びに来ている子どもたちは、2歳ぐらいが多いです。
2歳。
この子が生まれたのは、いつだろう、どこだろう。

ここに集まっている若いお母さんは、
いつ、どこで出産したんだろう。どうやって子育てをしてきたんだろう。

前回はいろいろと考えながら、子どもたちと一緒に遊びました。
お母さんとは、目の前のお子さんの話をするので精いっぱいでした。

でも、今回はちょっと勇気を出して聞いてみました。

「あの日、どうしていました?」
まさかあんなに大きな津波が来るとは思わなかった、
だから、とりあえず大事なものは2階に上げて高台に逃げました…。
でも、目の前で家は全部波にのまれてしましました。

「あの日、どうしていました?」
お腹が大きかったので、2人の子どもを連れて山に登りました。
避難所で一夜を過ごし、何時間も山道を歩いて隣町の実家に行きました。
3歳だった上の子は「僕のお父さんは津波で死んだんだ。」と言うそうです。

「あの日、どうしていました?」
関東にいました。転勤でこっちに引っ越してきました。
誰も知っている人がいないから、初めてここに来てみました。

「あの日、どうしていましたか?」
生まれたばかりの子どもと避難所にいました。
ショックでおっぱいが出なくなりました。
避難所でこの子が泣くと他の方に迷惑をかけるので、つらい思いをしました。

「今はどうしているんですか?」
親子4人で仮設住宅に住んでいます。7月にもう一人生まれるのですが、
仮設住宅で生活できるかどうか、不安です。
でも、住む場所がないから仕方ないのかなぁ。

当時のことを笑って話してくれるお母さんがいました。
自分は家を流されたのだけれど、家族を亡くしてしまった人に「お前は被災者じゃないだろう!」と怒鳴れらたの。
みんなが被災者なのに。でも、みんな精神的におかしくなっていたから…。

今でも津波の絵ばかり描く子どもがいるそうです。


そして、
近隣市町村に、ひとつしか産婦人科がないという状況。
産む場所を選べないというこの状況。
嫌なことがあっても、ここでしか産めないという状況が今も続いている…。
30代のお母さんは、このことを盛岡に帰ったら誰でもいいから多くの人に伝えて欲しいと言っていました。

反省会で助産師さんは言いました。
それでも、ここに来れるお母さんたちはまだいいよ。
精神的に家から外に出れないお母さんもいるし、
お姑さんに気兼ねして外出できないでいるお母さんもまだまだいるの。
私たちは、そういうお母さんこそ、なんとかしてここに連れ出しであげたい。

住むところがなくなって、同居している若い夫婦も多いそうです。
実家のお母さんを津波で亡くし、
でもお姑さんには、その気持ちを理解してもらえず、
精神的にも浮き沈みが激しい若いお母さんもいるとのこと。
そのお母さんを見て育った子どもも、やっぱり情緒不安定なのだそうです。

みんなが被災者だから、
ここは被災地だから。
だから我慢しなきゃいけないのかな。

復興って何だろう。

道が新しくなっています。
ドラックストアや携帯電話のショップも、自動車販売のお店も出来ています。
以前に比べたらずいぶん便利になったと思います。

でも、なにか違う。復興って何だろう。



バス停に行く途中に、塀から綺麗な八重桜が見送ってくれたので、
写真を撮らせてもらいました。

来月も、来れたらいいなと思いました。