幼稚園の思い出2013年01月16日 13:02


4歳の時から北上市に住みました。
そこで初めて幼稚園に通い、集団生活というものを経験しました。

卒園アルバム

私の入った幼稚園は「双葉幼稚園」というところで、確か北上市の花園町にありました。
お寺の幼稚園だったので、園長先生はお坊さん。
はなまつりはやったけれど、クリスマス会はありませんでした。
(当たり前~当たり前~ 当たり前行事~♪)

綱引きの風景


園庭はお墓に囲まれていました。
写真は運動会の様子。私は赤組でしたが、どの子かはわかりません(笑)
左側の木は銀杏の木です。
当時は大きな銀杏の木のように思いましたが、写真で見るとそうでもないです。
今なら相当大きな木になっているんじゃないでしょうか。
銀杏に木に面した道路を写真の左方向にまっすぐ行けば、黒沢尻病院(今の済生会病院)、さらに進むと北上川を渡り、展勝地へと続きます。

おすまし

4歳。
残念ながら何色のセーターだったか忘れてしまいました。
母が編んでくれたものです。
左胸(肩より)にお花の飾りがついているのは覚えています。
この足の状態を見ると、タイツを2枚重ねてはいています。
しかもその上に靴下。

まだ自分のことを「おこちゃん」と呼び、母のことを「おかあちゃん」と呼んでいた、
今では考えられないほど、純真な子どもでした。…たぶん(*^_^*)

今でも我が母園はあるのでしょうか?

巳年にちなんで蛇口についての思考2013年01月16日 21:35

まずはじめに、私の知り合いに、「蛇口」と書いて「じゃぐちさん」という方と「へびぐちさん」という方がいらっしゃることをお伝えいしておきます。

水道水が出る場所をなぜ蛇口というのかは、よく分かりません。でも調べればすぐにわかりそうですよね。
今日は蛇口から流れる「水」のことをお話したいと思います。

実はしばらく前からこんなことを考えるようになりました。
キッチンでお皿などの洗い物をするとき、日本人がみんな谷川の水で洗っているイメージをもてたらいいのにと。
それはもしかすると、東日本大震災で何日か水道が止まって、
水の大切さを知ったときからかもしれません。

というわけで、谷川の水についてどうやったらみんなに伝わるのかなぁと、
ずっと考えていました。
そして先日、これだ!と思ったのが、プールに行っての出来事です。

プールで目を洗いました。昔はひとつ間違えると、というより必ずと言ってもいいほど、水を出し過ぎて噴水みたいになったものでした。
その後は、自分の目の位置に合わせて、そっとそっと水を出しました。幼い頃からそうやってきました。
公園の水飲み場についても同様です。

今の水道のスタイルは、たいていレバー式になっているのでとても便利ですよね。
手が汚れていても、腕は肘でレバーを上げれば水が出てきますし、
同様止めることもできます。
でも、その行為はいったん水量を上げてから下げる行為。
昔の水道は、回す?ひねる?タイプだったので、
少しの水量から、徐々に回して強くしていく行為でした。

おわかりいただけました?この違い。
私が伝えたかったのはこのことだったのです。

谷川の水で食器を洗う。
水道をそう思って水量を弱くすると、食器の汚れや洗剤のぬめりが手によく分かるのです。
もちろん時間は少しかかりますが、きゅっきゅって音がするんです。

日本人は水道から水が出て当たり前。
特に盛岡なんて、水道水が美味しいからそれも当たり前だと思っていました。
ペットボトルの水を買う意味がわかったのは、千葉に住んでからでした。
住んでいなかったら、今も分からなかったかもしれません。
それは、豊かな自然に育まれた土地に住む者の特権ですよね。

水は資源です。
この世界にいつまでも水があるとは限りません。
水道の水をいつもより少し減らして、
気分を谷川の水のつもりで使うと、ちょっといい気持ちになりますよ。
山にキャンプに行ったみたいな、
田舎暮らしを始めたような、そんな気分。
お金には変えられない、いい気分。

というわけで、
蛇口の話はいったい何だったのか!ってことで、終わりにさせていただきます。