フランスの旅~パリ~2015年08月01日 20:08

イギリスは下見、パリはおさらい。
というと大袈裟な話ですが、2年前のパリ観光は早朝から日が暮れるまで、
海外旅行が豊富なご夫婦と一緒に自分の足で市内を見て歩き回ったので、
今回のバスでの名所観光は、本当にさらりと「おさらい」したようなものでした。

むしろ問題は、2日目の自由行動。ちょっと長くなりますがお付き合いください。

今回のホテルはパリ郊外のサンモーリスという場所にあったこともあり、
確かに地下鉄はありましたが、地下に30分も拘束され続けることに自信がなくて、よし、バスで出かけようと決めました。
(風景が見れたほうが正直安心だったことが、第一の理由)
切符は地下鉄もバスも同じ。値段も均一。これなら何があっても大丈夫…だろう。
と、ホテルのすぐ近くの24番というバスに乗りました。
(帰りも24番に乗って来れば戻って来れる!)
バスは地下鉄と違って、市民が利用してて安心でした。(スリがいない)
でも、あらら。
乗ってしばらくしたら、まだ中心地についていないのに、なぜか終点。なぜ?
運転手さんが、「下りてください。」みたいな仕草をしたので、
慌てて「私はルーヴルに行きたいのさ!(さ、は東北弁)」と伝えました。
しかし運転手さんは、向うに見えるバスに乗り換えなさいみたいな仕草で、
「さっさと下りて下りて」。と指をさすばかり。

えぇ~~~~~~~~~~~!?
しょっぱなからハプニング?
予定では、セーヌ川を眺めながらノートルダム寺を見て、
少し行ったら目的地のルーヴルに着くはずだったのですが。おいおい。

仕方がないので、交差点を渡って言われたとおりに、
停車している24番のバスまで歩きました。
しかし、中には運転手がいるもののスマホばっかりいじっていて運転する気は全くなし。
ずいぶん辛抱強く待ちましたが、しびれを切らしたほかの男性客がドアを叩いて早く動かせみたいなことを言い始めま、それでも運転手は完全無視。
どうしたらいいのかわからない私は、そばにいた男性にまたしても「私はルーヴルに行きたいのさ!」と訴えました。
するとその男性は、バスに乗るより歩いたほうがいい、みたいなこと言いました。

はいはい、よくあります。
例えば、盛岡駅で観光客に「石割桜までバスに乗りたいのですがどのバスに乗ったらいいですか?」と聞かれると、
盛岡市民はたいてい「近いからバスじゃなくて歩いて行きなさい」みたいなことを言います。そうそう、今回はそのパターンでした。

旅にはハプニングがつきもの。しかもそれは楽しみでもあります。
だから私は、もうバスはあきらめて、この人の言うとおりにセーヌ川の美しい風景を眺めながら歩くことにしました。メルシー♪




確かに朝のセーヌ川には誰もいなくて、花壇には花が咲いていて、
ゴミも落ちていなくて綺麗でした。
せっかくだから、恋人たちが岸辺に腰を下ろして寄り添っているみたいに自分も座り、靴が脱げないように気をつけながら、足をぶらぶら。
あのとき、もし靴をセーヌ川に落としていたら、もった旅は面白くなっていたかもしれませんが、そこは大人。つま先はしっかりと立てていたのだ(笑)

だいたい満足したらまた歩き、しばらくするとシテ島に着いたので、
予定外でしたがノートルダム寺院に寄り道しました。
ステンドグラスの上品なこと。バラ窓がきれい。あぁ、すごい。
そのまま院を通り抜けて、ルーヴル美術館に向かいました。
それにしてその道のりは遠かった…。
あの時バスに乗れていたら~、あの運転手~っ(怒)


ルーヴル美術館は、少し出遅れたこともあってチケット売り場に長蛇の列ができていました。
でも私は既にチケットを持っていたので、スムーズに入場できました。
事前学習は完ぺきだったのですが、夏休みということもあってか人、人、人。
すごいことになっていました。
しかも、入場者のほとんどが中国人。ここはどこ?もしかしてチャイナ?ミタイナ?



ルーヴル美術館の構造はほぼ完ぺきなつもりでしたが、結局迷いました。
何度も同じ廊下を行ったり来たり。モナリザに会うために何往復したことか。
中国人に交じって、一番前列で見れました。
すごい。すごい。すごい。
ここでsakuraさんは、ポルトガル人と3人でモナリザを独占したのかと思いました。

ほかにも、どうしても観たかったのが、『ナポレオンの戴冠式』。
これは感無量でした。
ナポレオンが、絵の中に入っていけそうだと言っただけあって、すごい迫力。
しかも絵の舞台がさっきまでいたノートルダムときたもんだ。



ほかにも観たかった『王妃マリガリータの肖像』は、時間が足りなくて諦めました。
実はこの絵、私の好きな『亡き王妃のためのパヴァーヌ』という曲の、その王妃の肖像画とも言われていて、どうしてもその王妃のお顔が観たかったのでした。
事前学習によると、まだ幼い少女のころの肖像がなのですが、それがとてもかわいくて美しくて。
しかし、すでに『サモトラケのニケ』も観たし、『ミロのヴィーナス』も観たし、
今日はほかにも行きたいところがある!
マルガリータ妃は夢の夢でいいのかもしれない、
そう心に言い聞かせました。

ちなみに、『サモトラケのニケ』については、
前の英会話のリリー先生の専門分野が古代芸術だったので、英語の授業で教えてもらっていました。
ニケはギリシャ神話に登場する「勝利の女神」であり、ローマ神話では「ヴィクトリア」にあたるとのこと。
私たちがよく使う勝利のVサインはこのVから来ていて、またナイキの社名のニケ(NIKE)にも由来していること。
映画『タイタニック』の二人が船の先に立って両手を広げるシーンもニケの真似だということも、リリー先生は教えてくれました。
確かに、サモトラケのニケは船の上で大きく翼をVの字に広げていました…。
おおおぉぉ~。

後ろ髪を引かれる思いでルーヴル美術館を出た後は、目指すはオペラ座。
の、前にオペラ座の後方にある高級デパートの屋上から見る景色が良いという情報を添乗員さんからゲットしていたので、まずはそこに向かいました。


そしてデパートの大食堂、いわゆるマルカンデパートの食堂みたいなところで、
生のオレンジジュースを絞ってもらい、タルトを買って食べました。

デパートはそれはそれは立派な建物でした。
しかし、ここも中国人がいっぱい。


デパートとしては、何にも買わない日本人より、たくさんブランド品を買っていく中国人は、ありがたいお客様に違いない。


そそくさと私はデパートを出て、オペラ座見学をしました。


その日は何も公演がなかったので、館内をゆっくりと見学できたし、ホールの中も見ることが出来ました。
しかもラッキーなことに、一瞬ステージの緞帳(どんちょう)が上がり、大道具さんがなにやら作業している風景も見ることができました。
ステージ、広っ。びっくりしました。


とにかく豪華なオペラ座でした。
こんな女の子もいました。な、なに???


その後はオペラ通りをぶらぶらと歩き、PAUL(ポール)という美味しいパン屋さんで10個入りの小さくて丸いドーナツを4個だけ買い、
立ち食いしたかったけれどぐっとがまんして、チュイルリー公園のベンチに座って食べました。あんドーナツかと思ったら、チョコでした(笑)

そろそろ足の先が痛くなり始めていましたが、
せっかくパリに来たのだ。あそこに行かなくてはなるまい。

向かった先は、オランジュリー美術館。
モネの庭の水連の池をモチーフにした連作8枚が展示してあるところです。




これら8枚の絵は、すべて池の水面でおおわれており、
柳の木、水面に浮かぶ水連、水中の茎や水草、水面に映った空や雲、太陽、樹木が、一体となって描かれていました。

地下にも、ルノアールの『ピアノに寄る少女たち』、セザンヌの『セザンヌ夫人』、ユリトロの『ラ・メゾン・ローズ』、ピカソの『タンバリンを持つ女』などなど、
美術の教科書に出てくる絵がたくさんありました。

事前学習によると、オランジュリーとはオレンジの温室という意味らしく、
もともと温室だった建物を美術館に改築したのだそうです。
なるほと、屋根はガラスばりになっていて、絵画を自然光で見れるというのも素敵でした。



ここまでで、だいたい2万歩ぐらい歩いたかもしれない。今度こそ24番のバスでホテルに帰るぞ。
ということで、帰りは当たり前ですが途中でバスが止まることなく、スムーズに運行してくれました。

バスを下りて近くの大きなスーパーに寄り、夜に食べる食料を調達。
果物やお菓子、飲み物などを引きずるカートにポンポンと入れ、
日本では経験できないレジを、なんとか通って支払いを済ませ、
無事にホテルに帰ることができました。

これは、前回のフランス旅行でも気になっていた桃です。
日本の桃とは大違いの、まるでつぶれた桃?


味は? ズバリ、『昭和のお盆の味』でした。

イギリス・フランスの旅 ハプニング大賞2015年08月01日 21:10

第1位 おこちゃん、ロンドンで財布を落とす

確か前回は旅の初めにパスポートを落としましたよね。
今回は、お・さ・い・ふ♪
ロンドン市内を観光しているとき、まだ1円いや1ペンスも使っていないというのに、大事なお財布を落としてしまいました。
しかも自分は全く気付いていなくて(あのときと同じ)、観光バスで同じ席に座っていた男の子が気付いて拾ってくれました。
もしそのままバスとお別れしていたら…。
それからは、お財布とバッグを紐で繋げて、落し物対策をして観光しました。
ちなみに今回パスポートは、小さな巾着を作って腰に巻き付けました。
前回はガーゼだったので、少しばかり工夫したのさ。

第2位 スーツケースがパリに置き去り

いよいよ旅も終わり、羽田でみんなとお別れをしようというとき、
「おこちゃんのスーツケースが飛行機にのって来なかったらしくて、まだパリです。」
と告げられました。
エ~??\(゜ロ\)ナンデソウナルノ(/ロ゜)/ → (もしやぶたちゃんの仕業?)
結局私のスーツケースは次の便で送られて、無事に翌日、自宅に配送されました。
(料金はエールフランスもち)
いったい何が起きたのか。
聞くと、パリで黄色いスーツケースがポツンと残っていたようです。
想像すると、ちょっと笑えます。

第3位 私より上のはぐるま(ハグる魔)に会う

コッツウォルズを散策中に、とあるお店でウィリアムモリスのマグカップを買おうかどうか迷っていたとき、日本語を話す男性と遭遇。
「日本人ですか?」と聞かれ、岩手から来たことを話すと、なんとその人は岩手県花巻市の出身らしく、しかも宮沢賢治と親戚?らしくて、
いきなり親近感がわきました。(どちらかというと、むこうが)
その人、及川さんという初老の男性は、日本にいてもすることがなくて、どうやらクルーズでこれから北欧まで行くらしい。つまりはお金持ち。
店を出るときにお別れの握手を求められ、さらには「ハグもお願いします。」と言われ、なんで私がこの人とハグをしなければならないの、と思いながら応じました。
(実はこの人を通じて、ハグをされる側の気持ちを悟ることができた貴重な経験)
その後及川さんとは、立ち寄る村々で何度も会い、
さすがにもう握手もハグもしませんでしたが、縁とはこういうものなのだと実感したおこちゃんなのでした。

第4位 パリのバスでいきなり下ろされる

ひとつ前の記事で申し上げました。


第5位 財布を落として感謝される

帰りの飛行機の中で、私の財布を拾ってくれた中2の男子のお母さんに言われました。その子ゆうちゃん(偶然にも私と同じ漢字)は、あのとき私に何度も感謝の言葉を言われ、『命の恩人だよ』とまで言われ、それが本人にはとても嬉しかったみたいで、その後の旅で自信につながったというのです。
私には詳しいことは分からなかったのですが、親にはどうやら息子が一回り成長したように感じたらしく、私はそのゆうちゃんママにえらく感謝されました。
最後に羽田で解散して、私は旅の途中で食べようと思っていた岩手のお煎餅と、東北版の柿ピーをゆうちゃんに、それからパリで10歳の誕生日を迎えた妹のかおるちゃん(私はかつて杉田かおるに似ていた時代もあったので、この兄妹には何かと名前に縁があった)に、英語で書いたパクパクの折り紙をあげました。
親子3人で海外旅行。きっとお金持ち。そんな金持ちに柿ピーと折り紙をあげたおこちゃんっていったい…。

第6位 ロンドンで道に迷う

地図を手に、「エクスキューズミー♪」と声をかけたら、その人はフランス人で道がわからない。
次の人に同じく「エクスキューズミー♪」と声をかけたら、今度はどこの国の人だったのか聞いたこともない言語が帰ってきてアウト~。
少しへこたれましたが、今度こそ!と声をかけたら、やっとロンドン市民に当たり?
正しい方向を聞くことができました。全然違う方向を歩いていたので、それにもびっくり。

第7位 買いたくないものを買ってしまった

ロンドンでお惣菜屋さんに入り、サンドウィッチを買おうとしたら、たまたま「これはなんですか?」と聞いただけの三角の大きな春巻きみたいな食べ物を、なぜか買うはめになってしまいました。
食べたらとてもスパイスがきいていて、モロッコ的な食べ物だったように思います。
不味くはありませんでした。でも売れ残りだったのが妙に気になります(笑)

第8位 モン・サン・ミッシェルでホッカイロ

日本の猛暑とは違い、イギリスもフランスも寒かった。
特にモン・サン・ミッシェルは気温が15度ぐらいで、天候は雨。
観光バスは暖房をつけてくれましたが、服がずぶ濡れだったので、
まさかのホッカイロをおなかに貼りました。
まさか使うとは思っていなかったけれど、持ってて良かったホッカイロ。

第9位 林さん

行きの飛行機で隣りに座った人は、20代の男性でした。
横顔は小栗旬。正面は阿部寛。文句のない顔立ちで。性格も良く…。
名前を聞く前に、「もしかして小林さんですか?」と聞いたら、
「いえ、林です。」 うーん惜しい。
林さんは、パリからあと二つ飛行機を乗り継ぎ、コスタリカに行ってウミガメの産卵を見るのだと言っていました。
ハプニングではありませんが、とりあえずびっくり大賞。私ってすごい。

第10位 おこちゃん、添乗員に間違えられる

車内観光のときに、パリのシャイヨー宮というところが、エッフェル塔の撮影スポットということで連れて行ってもらいました。
確かに高台から見るエッフェル塔が近い。綺麗。素晴らしい。
すると若い男女に「日本人ですか?」と尋ねられ、「はいそうです。」と答えたら、
「写真をとってもらえますか?」と言われました。
パリではカメラを頼むとそのまま持ち逃げされると注意されていたので、そうだよ、日本人に頼むのが一番。とおばちゃんはハッスルハッスル。
私はかつてりんごちゃんに、他人の写真を撮るのだけはやめた方がいい(まごつくし下手だから)と言われていましたが、頼られたのだから仕方ない。ふふふ。やるっきゃない。
しかし二人はいきなり両手をつないで丸を作り、「エッフェル塔をこの丸の中に入れて写してくださーい。」とあれやこれやと注文してきました。
はいはい、新婚さんかな。なんでも叶えてあげましょう。
すると、次々に日本人が私にカメラを渡してきて、「お願いします。」「お願いします。」と言ってくるではありませんか。
終いには「ありがとうございました。どちらの添乗員さんですか?」なんて聞かれ、
はあ?私、自分の集合時間に間に合わなくなりそうなんですけど~って感じで、
慌ててバイバイして帰ってきました。 
私が小旗を持って歩いていれば、もしかしたらパリにお似合いってこと?
おもしろすぎです、マダァ~ム。

第11位 国際電話で食事に遅れる

毎朝みゃむに電話しました。
調子にのって長電話していたら、食事の時間に遅れてしまい、
ツアーの人が「大丈夫?」って心配してくれました。
きっと何かの理由で寝坊したのだと思ったのしょう。みんな優しい…。
だから、「夫に大相撲の結果を聞いていたの。」なんて、とても言えない。
とりあえず白鵬優勝おめでとう。



                       ~あのメッセージ、その後~

震災時の感謝の気持ちを書いたメッセージ、全部渡し切ることはできませんでした。
でも、ホテルでチップと一緒に置いて来たり、もちろん折鶴も添えて、
レストランのトイレのちょっとした棚や、空港の長椅子に置いて来たりしました。
直接渡した人もいます。
ルーヴル美術館のベンチで一休みしていたときに、隣りに座ったご夫婦。
バスで隣りに座ったご婦人。
どんな風に思ってくれたかはわかりませんが、自分の気持ちは伝わったかなと思います。
そしてこの活動は、これからも続けていきたいと思いました。

ということで、旅行記はこれをもって終了といたします。
思い出したらそのときにまた。

こころは次の旅、ウィーンへ。


強化合宿2015年08月04日 09:44

昨日から、グランドソフトボールの合宿が始まりました。
真面目に治療に専念したこともあり、みゃむも昨日から練習に入りました。

何を強化しているかというと、『暑さ対策』だそうで、
この暑さに慣れるという、強化合宿だというからある意味心配。

それでも1か月ぶりに参加したみゃむが見たものは、
上達している10代の少年たちの姿だったそうで、
バッターボックスで一度もバットを振らずに、全試合ピクリと動かずに、なぜか塁に出続けてき選手が、昨日はバットにボールを当てていたというから驚きです。
「あの子はきっと、ずっと動かずにフォアボール狙いで行くつもりだな。」
「それがあの子のポリシーなんだよな。」
とみゃむがよく言っていたその子がです。
「打ってたし~。」とみゃむが一番喜んでいました。

さて、このク○暑い中、みゃむは今日も練習に出かけていきました。
ほかの選手は寮に入っているので、合宿といっても寝泊りする部屋があるのですが、
通学生は通いの合宿です。←これって合宿っていうのか(笑)
しかも通学生には昼ご飯が出ないので、みゃむともう一人は外食です。

ということで、話はここからです。
昨日私は、せめて帰りぐらいは迎えに行ってあげようと思い、
夕方5時ごろに、学校のそばで待っていました。

グランドには誰もいなかったので、もう練習は終わったな。
そう思って、近くの本屋さんで立ち読み。
でも、ちっともみゃむからメールが来ません。
次は本屋さんの隣のお花屋さんに行きました。
お花といっても鉢花屋さんだったので、ほとんどバーゲンでした。
2か月前に4800円で売られていたカルミアの大鉢も、
半額の2400円になっていました。
どうしようかな。買おうかな、欲しいなぁ…。
そう思っていたときです。

「みゃむさんは、アイシテル~!」
「みゃむさんは、アイシテル~!」
と大きな声が聞こえてきました。
え?文法的にちょっとおかしくない?と思いながら、耳を澄ませると、
なんとそのお花屋さんは、視覚支援学校の校舎からは離れているものの、
学校の隅にあるプールとは隣り合わせで…。

確かに10代の男の子の声もすれば、20代の青年の声もする。
「みゃむさんは、アイシテル~!」と叫びの後に続いて、
かすかにみゃむの笑う声も聞こえました。
プールからバシャバシャと、水しぶきの音も聞こえます。
しかも、楽しそう。まるで保育園のプールみたいでした。
(といっても周りに柵があるので全く見えない)

そうか。練習後はこういうことをしているわけだ…。
合宿らしいといえば、合宿らしい。青春だな。←上から目線



ということで、プールが静まり返ったころに、みゃむからやっとメールがきました。
「今終わりました。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・いったい何が終わったというのだろう(笑)



赤く日に焼けた顔で、みゃむが爽やかにやってきました。
クルマの中で、さっきまで私が聞いていたことを話すと、
どうやらプールの水が35度もあって、運動後はドクターに患部を冷やすように言われていたのにちっとも冷やすような状態ではなかったので、
みゃむはホースの水で足を冷やしていたのだそうです。
(もちろんプールの中にも入ったようですが)
じゃああの「アイシテル~!」はいったい何?
「あぁ、あれね。あれは一番元気のいいW君が、俺に向かって『アイシング』って連呼してたの。」
は?確かにその行為はアイシングだと思いますが、
私の耳には「アイシテル~!」にしか聞こえませんでしたけど。
別にね、それが悪いとかどうとかヤキモチをやいているわけでも何でもないけどさ。
大きなスーパーのある駐車場まで、その雄叫びは何度も聞こえていましたから。

Wさん(20代♂) 「みゃむさんは、アイシテル~!」
みゃむ(50代♂) 「あははは。」
Wさん(20代♂) 「みゃむさんは、アイシテル~!」
みゃむ(50代♂) 「あははは。」
Wさん(20代♂) 「みゃむさんは、アイシテル~!」
みゃむ(50代♂) 「あははは。」


今日もみゃむは、プール道具を持って合宿に出かけていきました。
今日も私。あそこで聴き耳たてていようっと。
なんなら柵をよじのぼってもいいし。
本当にアイシングと言っていたのかどうか、この目で、いやこの耳で確かめてくるぞ。
というか、あの会話はやめてほしいわ。


「ぎふ」って書けますか2015年08月05日 10:27

帰りの飛行機は、添乗員さんの隣の席でした。
そこで、ツアーのアンケートを書くことになり、
当然、『添乗員の対応はどうでしたか?』みたいな質問もあるわけで。
でも、とてもいい人だったので問題なしでした。
それより、自分。
その人は仲間由紀恵に似た感じの女性だったのですが、
なんと岐阜に住んでいて、仕事のときは東京から海外に出かけているそうで。
自称「出稼ぎ」と言っていました。おもしろい。
で、岐阜の話になり、思わず「あれ、私、ぎふって書けないかも。」と唖然。
確かに若いときは書けたのですが、ほらこうしてワープロやらメールやらが便利なもので、いくら指でなぞってみても、書・け・な・い!
添乗員さんは、「なかなか書ける人、いないですよ。唯一、学校で習わない漢字2文字の県名ですから。」と言ってくれました。…確かに。
北海道・北東北なんて、見てくださいよ。
北の海の道、青い森、秋の田んぼ、岩の手、山の形、宮の城、福のある島…。
特に北東北は、低学年で習う漢字ばかり。(北海道もね)
なんて楽ちん。

ということで、家に帰って学習しました。
「岐阜県」について。
まずは漢字練習を少し。
県庁所在地は、岐阜市。人口は40万8千人。盛岡より多い。(盛岡より少ない都市を探すほうがむずかしいか)
岐阜県で思いついたワードは、白川郷ぐらいだったのですが、
そうだよ、言われてみれば、飛騨高山、北アルプス、中央アルプス、
埼玉県熊谷市と最高気温を競っている?多治見市も岐阜県じゃないか。
私はこの56年間、テレビで何を見ていたのか。

それよりびっくりしたのが、岐阜県の隣接県。
なんと岐阜県は、富山県、愛知県、三重県、滋賀県、福井県、石川県、長野県の、
7県と隣接しているのです。調べてみるものですね~。まるでオーストリア~♪
岩手県なんか、北は青森県、西は秋田県、南は宮城県、それだけです。
(青い森、秋の田んぼ。)→(富んだ山、愛を知る。かっこいい)

というわけで、もう岐阜という漢字は完璧です。
岐阜県民のみなさん、今までごめんなさいね。

ちなみに、岩手の由来ですが。

伝説では、昔この地方に『羅刹』という鬼が住んでいて、

住民に悪さを働いていました。
そこで住民は三ツ石の神に祈り、鬼を捕えてもらって、

境内にある巨大な三ツ石に縛りつけました。

捕えられた鬼は「もう二度と悪さをしません。この地に二度と来ません」と言って、

約束の証として三ツ石に手形を押しました。

そして住民はその鬼を逃がしてやりました。

というわけで、この三ツ石という大きな岩に鬼が手形を押したことから、岩手になったということです。

三石神社には、盛岡市の観光名所のひとつで、その手形がついた石もあります。

ヨーロッパ人フェア2015年08月06日 10:51



※写真はイメージです。


「今、コボスタで『ヨーロッパ人フェア』やってるよ。」
とメールが来たので、え~っ行きたい!なにやってんだろう♪って思いました。

でも、ネットで調べたらそんなの全くやってない。
しかも、コボスタで?
コボスタのどこで?
昨日は楽天の試合があったし、
考えてみれば、『ヨーロッパ人フェア』って何?
ヤラレタ~( ;∀;)



私はオ~レ~オレオレオレ~詐欺に、引っかかりやすいかも。

なんだかよく分からなかった家庭クラブの思い出2015年08月07日 15:17

入った高校が相当な進学校じゃない限り、
おそらく経験があるんじゃないかなと思うのが、
当時女子だけやったと思われる、家庭クラブの研究発表。
家庭科の授業で必ずやらされた、自由研究みたいなものでした。
どっちがどっちだか忘れましたが、ホームプロジェクトというのもありました。
つまり、高校1年の夏と2年の夏にやったんだと思います。
私は高1のときに同じグループだった人が、なぜか本気で、
やりたくもない家事労働の軽減というテーマをやらされて、あまり楽しくありませんでした。
高2のときは、確か個人で参加するものだったので、父親のワイシャツで幼児のエプロンを作るというものをやり、ほとんど母が作っていたのを思い出します。
それぞれ、校内発表(予選)があって、もちろん自分はあまりやる気がなかったから、苦痛の授業でした。本当につまらなかったもの。

でも、数年して新聞を見てびっくり。
岩手の私立高校が、その家庭クラブだかホームプロジェクトだったかで、
確か優秀賞をとったのです。
研究した内容は、雨の日でも制服が濡れない雨着(つまりはカッパ)でした。
それはその後商品化され、誰かが設けたのではないかと思われます。
(ネットで記憶を探りましたが、なかなかヒットしませんでした。)確か久保学園だったような…。

ということで、卒業してもなお「そうか、あれはそういう研究だったのか。」と興味を持ち続けている私です。(記憶から離れない)

ちなみに、その活動は今もなお続いているようです。
誰か、この家庭クラブというやつをやった人、いませんかね。

今はこんなに変わりました→ http://www.kateikurabu-renmei.jp/


キタ~!盛岡の夏2015年08月07日 21:05

やっと岩手の夏が来た!
というのは、暑い暑い夏ではなくて、
今夜のような涼しくて爽やかな夏の夜のこと。

家の窓を全開して、エアコンのスイッチを消す。
風が吹いて、カーテンがばさ~っと動く。
家中を涼しい風が通って、ハナが風を感じている。
虫の音が聞こえる。
あぁ。これが岩手の夏の夜。
一晩中、窓を開けたままでは寒くて寝られない。
あぁ。これが盛岡の夏の夜。

明日は立秋。
いいじゃないか。この調子。


やっぱり応援に行こう2015年08月08日 23:45

大会まであと12日。
ハナの世話をしたいという人が名乗り出てくれたおかげで、
私は晴れて、全国盲学校野球大会の応援に行くことができそうです。
みゃむは昨日からまたちょっと足の調子が悪いのですが、
だからこそ、保護者は応援に行かなければ!



きっと暑いんだろうなぁ…。



野球応援2015年08月09日 18:07

家の洗濯物に、野球のユニフォームのアンダーシャツやソックスがあることが、
とても新鮮。
私にとって、生まれて初めての光景です。
(かつて私の父が柔道部の顧問をしていたときに、何着もの胴着を母が洗濯して、物干ざおに干していたことはありましたが、あれは異様な風景で…)

私の家族は、運動部ではなくてずっと文化部で、しかも兄も私も吹奏楽部。
りんごちゃんもどんちゃんもそうでした。
でも、吹奏楽部は公欠で野球応援に行けるわけで、
野球応援にはちょっとうるさい文化部なのです。

今でも甲子園は、試合よりブラスバンドの曲が気になり、
未だにガッチャマンが流れたりすると、なんだそれはうちらの時代が始めたんだよ、
と思ったりします。
でも王道はやはりピンクレディーのサウスポー。
ちなみにピンクレディーの時代、私は既に社会人だったので、一度も演奏したことはありません…。

今日、仙台育英高校の試合を見ながら思いました。
「みゃむの応援に、ブラバンを連れていけたらいいのに。」
でも、そんな応援団なんかいるわけがありません。
だったら!

「私、柳沢慎吾みたいに、一人野球応援でブラバンやろうかな。」

パ~パ~ッカ パカ~パ♪ パ~パ~ッカ パカ~パ♪
パ~パ~ッカ パカ~パパ~~~ッ♪
パ~カパッカパッ♪
パ~カパッカパッ♪
パ~カパ~ パ~カパ~ パ~パ~パ~~~~♪
(みなさんには音楽に聞こえたでしょうか?)


さっそく歌ってみましたが、みゃむが一言。
「声を出して応援しちゃいけないんだよ。」

え?そうなの?
そんなこと、この私にできると思う?試合中、おとなしくしていろなんて。

そうか、音が頼りのスポーツだからね。
私の声が邪魔したらいけないわけだ。
いやまいったな。こりゃ、一種の試練だわ。


色々と考えさせられます2015年08月11日 20:45

戦後70年を迎え、
今年は特に国民が戦争について考える機会が多かったこともあり、
私も平和について、いつもより強い思いを感じました。
1945年8月6日、広島市に。
同じ年の8月9日、長崎市に。
原子爆弾が投下されました。
ノーモアノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ。
特に今年は、この言葉を聞きました。
テレビで、広島に原爆が投下された日を知っている人、長崎に原爆が透過された日知っている人の調査についてのニュースが話題になっていましたが、
私は日にちよりももっと大事なことを知らない人が多くいるのではないか、
ということのほうが不安です。
「戦争を知らない子供たち」という曲が、確か私が小学生のときに流行りましたが、
その「子供たち」が既にもう50代、60代。
では、その「子供たち」の子どもたちや、そして「子供たち」の孫たちは、
いったい平和について、どう思っているのでしょう。
日本が、世界で唯一、戦争で原子爆弾の被害を受けた国であるということを、
日本の子どもたちは知っているでしょうか。
ノーモア・ヒロシマ。ノーモア・ナガサキ。
「これって、どういうことなの?」と質問してくる子どもたいたら、
それはとても素晴らしいこと。


今年が戦後70年の節目ということもあり、
今まで口にしなかった思いや秘密を、未来の子どもたちのために、
告白してくださった方々がいらっしゃいましたね。
今までどんなにつらい思いして生きてきたことでしょう。
つまり、
戦争とは、そういうものなのかもしれません。
「地獄とはこういうものなのかと思った。」とおっしゃった方、
誰も地獄など見たことがないのに、地獄だと思った。
それが、戦争なのかもしれません。

また、この70年の節目で浮上したニュースもいろいろありました。
私が一番印象的だったのは、台湾の南、バジー海峡に悲劇でした。
今まで誰にも知られていなかった真実。
バジー海峡での戦没者の数は、未だ定かではないというから、
心が痛みます。


今日は、8月11日。
東日本大震災から、4年と5か月がたちました。
被災地では、今日も地元の警察などにより、海岸沿いの捜索が行われていました。
海に潜って遺品を捜索する人、浜辺で熊手のようなもので遺品を探している人。
「行方不明になっている方の、何か手がかりになるものを一つでも見つけたい。」
と捜査にあたっている人が言っていたのが印象的でした。