今日から2月2026年02月01日 18:36


2月の思い出といえば、人生で2回、臨月を迎えたのが2月ですね。
昭和60年の2月は寒かった。出先でウィンドーウォッシャー液を出してしまい、
あわててワイパーを動かしたら、フロントガラスが一面が凍ってしまった。
ガクガク震えながら、溶けるのを待った、確か夜の9時頃、北上のパイオニア牧場というレストランの駐車場。
出産の日は大雪でした。

平成元年は千葉市にいました。もう春でした。
4歳だったりんごちゃんは、毎日スカートにハイソックス。タイツを穿かせた記憶がありません。洗濯物が良く乾いてね、その代わり空気が乾燥して大変でした。
出産の日は雨でした。

最近は一週間があっという間に終わりますが、
2月は特にはやいです。
ちょっと目標をもって、過ごせたらいいなぁと思います。




スタートライン2026年02月02日 10:47


みゃむが定期的にお茶会をしているお友だちに、やっと盲導犬が来ました。
20代のその人は、生まれたときから目が見えなくて、それでもあんまマッサージ指圧師の資格を取って高齢者施設で働いています。(機能訓練指導員)
電車で通勤してるのですが、これまで大変なこともあったと思う。
でも今は「ゴー」と声を掛けるとスムーズに電車に乗り、空いている席を教えてくれるらしい。
また白杖のときは水たまりにはまって靴下まで濡れてしまうこともあったけれど、
今は上手に避けてくれるから大丈夫。賢いよね。
コンサートや泊りがけの旅行に行きたいと話していました。
そうだよね。自分で働いたお金で自由に好きなことができる。
行きたいところに行けるんだ、


知り合いの中には、2頭目、3頭目、4頭目という人もいます。
盲導犬はずっと働けるわけではないからです。
また本人が高齢になってくると、わんことお別れするのが辛いからと言って、盲導犬を手放す人もいます。
そうなるときっと、家に引きこもってしまうんだろうな。



密かに思っていること2026年02月04日 21:08


特にここ、というわけでもないのですが、
最近あちこちで地震が起きているような気がします。
ニュースにならないような。
でも一応地震情報は出る、みたいな。
南の方かと思えば、北の方だだったり、東日本だと思えば、西日本だったり。
こう寒いとね、ちょっと嫌な気持ち。
雪もすごいことになっています。
サクラちゃん、去年は青森で冬を過ごしました。
盛岡に引っ越してきて良かったね。盛岡は寒いけど、マンションは暖かい。
暖かいといえば、今日は久しぶりに気温がプラスでした。
そのせいで、屋根の雪が落ちて、怖い。一緒に落ちて来るつららも怖い。

なんとなく気持ちが暗くなる話題ばかりですが、
そんな中で私が気に入っているドラマは、「探偵さん、リュック開いてますよ」と「替え玉ブラヴォー!」かな。
探偵さんは、くだらないけど楽しい。おそらく私好み。
替え玉は、方向性が見えないけれど、可笑しい。
どちらも緊張しないで見れるのがいいです。

密かに思っていること。
脱ぎ履きが楽なブーツが欲しい。



シーン2026年02月05日 21:04

高校生の時に、お父さんが小さな靴屋を経営している友だちの家に泊まりに行ったことがありました。
一関駅の近くだったので(1階がお店、2階と3階が住居)電車の音や車の音、人の声(酔っ払い)が煩くて、正直眠れませんでした。
しかしその友だちが私の家に泊まりに来て言いました。
「カエルの鳴き声が煩くて眠れない」
確かに私の家は市街地で、田んぼが沢山あったので、夜はカエルの大合唱。
一関なんてたいした都会でもなんでもないのに、まるで「町のねずみと田舎のねずみ」のようじゃん、と思いました。
そして気付いた。静かな場所でしか眠れないと思っていた自分。
カエルの大合唱は気にならなかったんだ、と。

さて、先日のこと。
マツコの番組で、興味深いというか、みゃむといつも話していることが話題になっていました。
それは、こちら。


こういう音は赤塚不二夫あたりが考えたんだろうと話していたのですが、
なんと「ジャングル大帝」だったとは。そう、手塚治虫。(ちょっとびっくり)

シーンという音は、無音だけれど確かに聞こえる。
耳鳴りなのかもしれませんが、確かに私には聞こえます。
アニメ化されたジャングル大帝では、どう表現されたのかは知りませんが、
シーンって、本当に良い表現だと思います。
番組ではこの後、「ガーン」とか「ドキッ」とか色々紹介されていましたが、やっぱり日本語って面白いです。

話は元に戻りますが、
その友だちの家に泊まって初めて知ったこと。
夕飯は個々に食べる。手の空いた人から食べる。
家族そろって「いただきます」は、お店が休みの日だけ。
サラリーマンの家が全てではないことを、初めて15歳で知りました。
そんな友だちの家で、私が翌朝家に帰ろうとすると、嬉しいことが。
私の靴がピッカピカに磨いてありました。
友だちの家は、靴屋というか昔ながらの修理をしてくれるお店。
いろんな道具がたくさんあって、お父さんはいつも自分の工房みたいな場所に座って仕事をしている人でした。
当時、女子高生の多くはローファーを履いていましたが、なぜか私は両脇でストラップを留める女の子っぽいデザインの靴を履いていました。
ピカピカになって、帰りに公園でブランコに乗った記憶があります。
もちろん足を前に伸ばして、靴を眺めながら漕ぎました。(笑)


銭湯2026年02月07日 11:47


たまには銭湯に入ってみたいと思って検索して見たら、
もはや盛岡には銭湯がないことが分かりました。
まだ町のどこかに煙突が立っている風景はありますが、近づいて見ると営業はしておらず、確かあそこにもあったと思ってグーグルマップで検索しても、別の建物が建っていたり。
昭和の時代はお風呂なしのアパートがたくさんあって、特に岩手大学の学生は銭湯を利用している人が多かった。
みゃむも学生時代は東京で、風呂なしの6畳間に住んでいたという。
といいつつ、私も赤ん坊のときから銭湯。
母はよく、3時の開店と同時に入って、私を新しいお湯で洗ったと話していました。
赤ちゃんを見たくて、近所のおばちゃんたちが3時に入浴する人もいたらしい。
見たいというより、母親一人では大変だろうからと、お手伝いをしてくれていたのかもしれません。(兄もいたし)

そういうわけで生まれたときから銭湯に入っていた私が、「時間ですよ」のイメージが銭湯はちょっとなと思っていた少女の頃。
なんとなく思春期の子どもが行く場所ではなかったような。(笑)

考えてみると、岩手には温泉がたくさんあるので、車を運転するるようになると銭湯より温泉、しかもスーパー銭湯みたいなものが沢山できて、小さな銭湯を利用することがなくなりました。
今でも「盛岡市銭湯」で検索すると、スーパー銭湯しか出てきません。
ちょっと残念です。
だからドラマとか特番で頑張っている都会の銭湯を見ると、近くにこういうのがあったらいいだろうなとも思います。
あ、そうだった。
私の通っているゆぴあすという温水プールは、実は入浴施設。
よくもまぁこんなに人が来るなぁというぐらい、駐車場が車でいっぱい。
昨日昼過ぎにみゃむと行きましたが、ざっと車が100台あって、ほとんどがお風呂の利用者でした。
そっか、両親も家のお風呂よりそういうところが好きだったな。
人にもよるだろうけど、お年寄りは家のお風呂が面倒で、ぱっと行ってぱっと帰って来れる入浴施設が好きなのかもしれません。寒くないしね。

さて、日帰り温泉とは違う話ですが、
昨日みゃむがテレビを見ていて言いました。
「日帰りJapanっていうの?」
え?誰が?
「オリンピックの人たち」
え~?

あとから検索してわかったらしい。
「スマイルJapanだったかも」(苦笑)

全然違うじゃん。



ストロー2026年02月09日 20:41


子どもの頃、ストローで味噌汁を飲んだことがありますか?

1 成功した
2 失敗した

私は2の失敗した人です。
その理由は、
1 ヒュッと吸ったら、熱い味噌汁が一気に喉に直撃。火傷した。
2 昭和のストローはお粗末でした。今度はゆっくり吸ってみた。すると見事にストローが熱でピタッとくっついて、穴が残部ふさがってしまいました。(もう使えない)

小学生のとき、理科の実験(工作?)で、ストローと竹ひごと輪ゴムと糸巻きを持って来るようにと言われました。
当時ミシン糸は木製の糸巻きに巻かれていて、いやそれにしても、ミシン糸なんてどこの家庭にもあるわけじゃなかったと思う。
しかも糸を使い切った状態のものを要求しているわけで。
昭和の小学校って、無謀。


その後しばらくストローには縁がありませんでしたが、
高校生になって喫茶店で飲んだアイスコーヒー。レモンスカッシュ。
女子ならともかく男子と一緒のときは、最後のズズズズが恥ずかしかった。

まさかストローが環境汚染の原因になるとは。
なんでもかんでもプラスチック製品になってしまって、後のことを考えない人間は何て愚かでしょう。

そうこう言いながら自分。
ストローのお世話になる日も近い。


1、2、3、1、2、32026年02月11日 20:18


銭湯、ストローと昭和の思い出が続いたところで、今日は予防注射のお話です。
小学生の頃、学校で注射をする日がありました。
6年間のうち数回でしたが、低学年の頃の記憶が結構あって、
講堂みたいな場所に白衣を着たお医者さん(だと思う)が数人座っていて、
その人の前に長い行列。
今なら考えられない、集団接種の実態は・・・?
「1、2、3、1、2、3、・・・」
先頭の子から数えて、自分はいったい何番目だろう、それが知りたい。
というのも、当時は注射器に数人分の薬を詰めて、同じ針で複数の人に刺していた。(いわゆる使いまわし)
それが3人分だったら、最初の人が痛いとか、最後の人が痛いとか、だったら2番目はどうなのか、とにかくみんな、痛いのが嫌でした。(特に男子)

ちなみにBCGのハンコ注射は昭和42年4月から始まったそうですが、
私たちは出始めの頃だったので、とにかく情報が少なかった。
腕にスタンプのようなものを押し付けられて、9個の穴が開いていた。
きれいに乾いていく子がいたり、私のように黄色い膿みたいなのが出ていたり。
それで、お風呂でこすってしまったり、体育でプールに入ったり、みんなが初めてのことだったので、誰も正解を知らなくて不安でした。

あ~思い出してきた。
それを受ける前にツベルクリンという注射を打って、そこが赤くなりました。
そして、数日後に丸のサイズを測られた。
小さいのがいいのか、大きいのがいいのかも分からずに、自分の腕を叩いている子がいた。掻きむしっている子もいた。

子どもが生まれてやっと、ツベルクリン反応が陰性であれば結核の免疫がないということでBCGを接種、ということを理解したような。
あ~それもすっかり忘れてた。

今の子はね、赤ちゃんのうちに、とにかく注射、注射、注射。
ワクチン接種カレンダーというのがあるみたいですね




寒さが緩む2026年02月12日 21:52


昨日、高松の池に行ってきました。
気温は高かったのに池の氷は張っていて、白鳥の居場所がない。
鴨はたくさんいました。


それにしても、人に慣れてる、
すぐ近くまで行っても逃げません。(1,5メートルぐらい)



というのも、エサをやっている人がいるからです。
池の周りには「エサやり禁止」の看板がたくさん出ているのに、平気で食パンをあげている親子が何組もいました。老夫婦もいました。
そりゃあね、パンを投げるとみんな集まってきて確かに可愛い。
でも、エサやりは、鳥インフルの原因にもなるんだって。
その説明も、貼り出してありましたが、困った人たちです。

雪が解けて、通路が見えていた遊歩道。
食パンの袋を留めているプラスチックのゴミが、たくさん落ちていました。
せめてゴミは持ち帰っておくれ。


白鳥はどこに消えた?
と思ったら、そういえば北上川のどこかで白鳥の群れを見たな。。
四十四田ダムでも、群れを見ました。
そうやって、自分の居場所を見つけているんだね。

春はもうすぐ。
寂しくなります。



ハマグリ2026年02月14日 22:36


ハマグリは知っていましたが、あまり食べた記憶がありません。、
貝殻で遊んだことはありますが、どうやってそれを手に入れたのか。
いや、考えてみればアサリすらあまり食べた記憶がない。
あるのはシジミだけ。(汁物)
岩手がリアス式海岸だったからだろうか。
それとも、両親が食べさせなかっただけだろうか。

そういうわけで、おそらく初めて口にしたのは28歳のとき。
当時、千葉で2人目の出産。女の子が生まれました。
退院した日が3月3日だったので、盛岡から手伝いに来てくれていた母親が、ちらし寿司とはまぐりのお吸い物を作ってくれました。

そういうわけで、その後もハマグリにはそう縁がなく、
さすがに最近は岩手のスーパーでも見かけますが、正直買ったことはありません。

さて、そんな私が先月、お馴染みの「ひたすら食べしてランキング、インスタント袋麺(塩味)」を見ました。
私はてっきりマルちゃんか日清か明星と思っていたのに、
まさかの「はまぐりだし塩ら~めん」という商品が1位。
見たこともないパッケージでしたが、出演者があまりにも絶賛していたので、ちょっと気になる。

そうしたら、なんと岩手のお店で見つけました。
もちろん「サタプラで第一位」のPOP付。
興味津々、買いました。


2週間ぐらい冷蔵庫に入っていましたが、やっと今日作る気になって。


食べました。

もともとハマグリをよく知らない私が、彼女のように絶賛するわけもなく、
しかし美味しいことは分かりました。
リピ買いするかと聞かれたら、う~んどうだろ。

ちなみに、本日はナッツチョコレートでした。
チョコボールがこれほど技術が詰め込まれていたことに驚きました。
そして1位が、無印のピーナッツチョコでした。
無印は近くにないので、いつか行ったら買ってみたいです。
でも、その日にそれを思い出せるかどうかが問題・・・。





うぐいすパン2026年02月16日 22:06


高校生のとき、私は一関市に住んでいたのですが、
高校の購買で売っていたパンは「みつわパン」という工場で作られたものでした。
盛岡だったらシライシパン、北上、花巻だったらオリオンベーカーリーなど、岩手にはいろんなパンのメーカー(工場)がありますが、当時の一関のスーパーで売られていた菓子パンは、殆どがみつわパンでした。

購買は、保健室の前にありました。
何時から開いていたかは忘れましたが、午前中のどこかのタイミング(例えば2時間目と3時間目の間の10分とか)に走って行けば、お目当てのパンが買えました。
私はお弁当を持参していたので、そこまでパンには執着していなかったのですが、
みつわパンで初めて知った「うぐいすパン」と「しろあんぱん」が大好きで、いつもお腹を空かせている友だちが、パンを買に行くというときだけ一緒に走って行きました。
木製の平らな箱に箱に並べてあるパン、パン、パン。
私のお目当てのパンは、3つか4つしか並んでいなくて(仕入れていなくて)、
タイミングがずれると、もう売り切れ。
ラブコメ漫画じゃないけれど、1つしかないパンを男子と女子が一緒につかんで、手が触れた、なんてこともありました。
というか、私のライバルは男子生徒でした。
「え?この人いつもうぐいすパンを買ってる!」
なんで?
(男子がうぐいすパンを買ってはいけない理由はないですが)
私なんか友だちに、「どうしてそんな地味なパンが好きなの」と言われていたのに、
実はライバルが男子生徒だったとは、ちょっと意外、というか可笑しいでしょ。
古文の先生とかならともかくさ。(笑)

そんな思い出のうぐいすパン。
スーパーで見つけました。
もちろん、みつわパンはとっくに無くなっているので、シライシパン製。
やった!
即、カゴに入れました。


わくわく。どんな餡だろう。
やっぱり緑色の餡だよね。

割ってみた。
え?どういうこと?


餡がない。

よくよく見たら、うぐいすという文字は小さくて、パッケージには豆パンと書いてあった。が~ン( ̄ロ ̄lll)ソウイウコト?

私が50年前に食べたうぐいすパンは、緑色の餡がたっぷり入っていました。
今思うと、その緑色の豆の正体がいったい何の豆だったのかは不明ですが、とにかく甘くて豆の香りも食感も残っていて、私好みの味だった。

しかし、うぐいす豆を調べてみると、「さやえんどう」と書いていました。
しかも、さやえんどうは完熟するとグリンピースになるらしい。

え~?あれってグリンピースだったの~?(いやいやそんなはずはない)
ちなみに、今日のパンの原材料には、「青えんどう豆」と表示されていました。
やっぱりそうなのか(/ω\)


そういえば、フジッコかなんかの煮豆で、うぐいす豆を見たことがあるな。
あぁそういえば、甘納豆にも緑色のがあるな。
じゃあ、それとパンを一緒に食べればいいか。