私の母がスプーンを曲げた日2020年05月14日 23:23


私の母が初めてスプーンを曲げたのは、
1970年代、ユリ・ゲラーがテレビの番組の生放送で、視聴者に「さぁ、あなたもご一緒に」みたいなことを言ったとき。
テレビを見ながら、次々と家のスプーンを曲げ始め、
曲げるだけじゃなくて、曲げた後にひねって見せたりして、(だんだん調子づいて)
最後に家の時計の針がものすごいスピードで回り始めたときは、
家がどうにかなるんじゃないかと、さすがに私は怖くなりました。

その後もテレビに彼が出る度に、母も一緒に自分の力だめしをやっていましたが、
ユリ・ゲラーがテレビから消えると同時に、母もスプーンを曲げる機会がなくなりました。

しばらくして、某大学工学部で金属を研究しているグループから、
曲げたスプーンについて研究したいという話があり、母の曲げたスプーンを何個か提供したことがありました。
どんな研究結果が出るのか楽しみでした。このあと母は新聞に載って有名人になってしまうのか、など色々想像してしまいました。
しかし結論は、強引に手で曲げたものではない、科学では証明されない、みたいなことを口頭で言われただけ。中途半端な終わり方だったので、マネージャー(父親)はちょっと不満だったみたい(笑)

当時は引き出物にカラトリーセットが使われるほど、高級品だったスプーン。
自分の記憶では、食器屋さんで最低でも800円とかしたような…。
今は100円で買えますが、それとは比べ物にならないぐらい重たくて硬かったと思います。
母はありったけのそれを曲げてしまったわけですが、いつしか「スプーンを曲げる人」から「スプーンを曲げた人」になっていた…。


さて、それから30年以上経ったある日のこと。(衝撃のユリ・ゲラーの日から)
孫たちは、おばあちゃんがスプーンを曲げたことがあると聞いことがあるけれど、
あれだけ曲げたスプーンも人にあげたり、見せたりしているうちにどこかにいってしまい、実物は1つしかありませんでした。
「今でも曲げれるかな。」と聞いたら、あっさり「曲げれるでしょ。」と母。
孫たちが「見たい。見たい、」というものだから、母はスプーンを左手で持ち、右手の親指と人差し指でこすり始めました。
その周りで、私たちも一緒にスプーンを持ってスリスリし始めました。
そう、まるであの日に見た木曜スペシャルのユリ、ゲラーと同席していたゲストのように。

母親の曲げ方はこうです。
別にスプーンに集中してゴシゴシするのではなく、お喋りしながらテレビを見ながら、何気なくスプーンをスリスリします。
70歳を過ぎていたので、もう過去の人になったのか。
その日はいつも以上に時間がかかりました。
私たちも全然その気配がないので、自分の手を止め、いつのまにか団らん。
母がスプーンをスリスリしていることを、すっかり忘れていました。
茶の間で普通に過ごしていたのです。

すると突然。
母が大声で叫びました。
「きた、きた、きた、きた!」
一瞬の出来事でした。
母の持っていたスプーンが目の前でぐにゃりと曲がりました。
母曰く、触っているうちにものすごく熱くなる瞬間があるのだそうです。
すると、ぐにゃ。ちょっと押しただけで思いのままに曲がるらしい。

「すごーい!」

正直、高齢になった母にこんなことをさせるのはどうかと思いました。
命が削られるんじゃないかと思ったりして。
でも母はいたって元気。
20分かかりましたが、久しぶりのスプーン曲げが、楽しかったようです。

すると!もう一人。
「あ、私も曲がった!」
なんと、りんごちゃんのスプーンも曲がりました。
え?なに。
りんごちゃんは諦めずに(私と違って飽きずにといってもいい)、ずっとスリスリしていたの?えらい。

そして思った。
ああ、隔世遺伝とはこのことか。


その後母は認知症になり、二度とスプーンを曲げることはありませんでした。
あれ?そういえばあのスプーン、どこ行った?

おしまい。