早春の中津川 ― 2014年03月29日 00:17
ベランダに出ると、川の音が聞えます。
特に最近はよく聞えます。
川を見ると、今までの流れと大違いで、
流れが早く、水量も多く、
この前ハナが間違えて足を入れてしまった水辺は、もう無くなっていました。
特に最近はよく聞えます。
川を見ると、今までの流れと大違いで、
流れが早く、水量も多く、
この前ハナが間違えて足を入れてしまった水辺は、もう無くなっていました。
雪解けの水。
たくさん川に流れているんですね。
しばらく前に、鮭の稚魚の放流をテレビで見ました。
宮古市で捕れた鮭の卵を孵化して、
市内の商店街が協力して、水槽で鮭の赤ちゃんを育て、
みんなで中津川に放していました。
こちらは、すくすくと水槽で育った鮭の赤ちゃん。
(テレビの画像を撮影したものです)

この稚魚たちは、静かな川の流れに放されて、
雪解けの水に後押しされながら、きっと太平洋に向かうのでしょう。
何年かして、おそらく5年ぐらいでしょうか。
長い旅を終えて、遠い海から自分の生まれ育った川に帰ってきます。
卵を産むためだけに…。
メスもオスも体はもうボロボロで、受精が終わると死んでしまうのです。
中津川、いい川です。
早春の川の音。うれしくなる音でした。
雪解けの水に後押しされながら、きっと太平洋に向かうのでしょう。
何年かして、おそらく5年ぐらいでしょうか。
長い旅を終えて、遠い海から自分の生まれ育った川に帰ってきます。
卵を産むためだけに…。
メスもオスも体はもうボロボロで、受精が終わると死んでしまうのです。
中津川、いい川です。
早春の川の音。うれしくなる音でした。
自分の居場所 ― 2014年03月29日 22:48
10年ぐらい前に、同世代の友だちのお母さんが再婚して、
当時40代だった友だちは、
もうすぐ70歳になるっていう母親がなんで結婚なんてするのかな、
とつぶやいていました。
今さらだけど、この歳になって実家がなくなってしまうってのも寂しいもんだよ、と。
私も、娘たちに同じことを言われます。
自分は「お母さん」という居場所があればいいと思っていましたが、
実際はそうではないのですね。
40代の友だちだって思ったのだから、20代の娘が思うのは当然のこと。
帰る場所が無いのです。
両親がいて、家があって、自分の部屋があって、思い出があって、家族がいる場所。
私はその場所を、無くしてしまった。
親の都合で、正しいと思ったことは、
子どもの目線で、子どもの気持ちを、全く考えていませんでした。
暴力は殴ることや蹴ることだけではありません。
そう、言葉の暴力もありますよね。
でも、それ以外の暴力、目に見えない形のない暴力。
子どもたちに心の傷を負わせたら、それはもう、
目に見えない虐待なのかもしれません。
いくら心を寄せても、
心を傷付けた子どもの気持ちを理解することは、
母親には出来ません。
なぜならそれは、自分が当事者ではないからです。
自分の居場所。
私は、きっとずっと幸せに育ってきたから、そんなことにも気づかなかったのでしょう。
花が咲き、花が枯れ、また次の年に花を咲かせる。
そこは、その花の居場所。
たんぽぽだって、種は自分の居場所を見つけて花を咲かせる。
鮭だって、帰る川がある。
白鳥だって、毎年帰る場所がある。
私は、できることなら時間を戻したいと思うけれど、
それが出来ないから、とても悲しい。
でも、私よりももっと悲しいのは、自分の居場所を失くした子どもたち。
明日の予報は、曇りのち雨、時々雪。
もう、3月が終わります。
当時40代だった友だちは、
もうすぐ70歳になるっていう母親がなんで結婚なんてするのかな、
とつぶやいていました。
今さらだけど、この歳になって実家がなくなってしまうってのも寂しいもんだよ、と。
私も、娘たちに同じことを言われます。
自分は「お母さん」という居場所があればいいと思っていましたが、
実際はそうではないのですね。
40代の友だちだって思ったのだから、20代の娘が思うのは当然のこと。
帰る場所が無いのです。
両親がいて、家があって、自分の部屋があって、思い出があって、家族がいる場所。
私はその場所を、無くしてしまった。
親の都合で、正しいと思ったことは、
子どもの目線で、子どもの気持ちを、全く考えていませんでした。
暴力は殴ることや蹴ることだけではありません。
そう、言葉の暴力もありますよね。
でも、それ以外の暴力、目に見えない形のない暴力。
子どもたちに心の傷を負わせたら、それはもう、
目に見えない虐待なのかもしれません。
いくら心を寄せても、
心を傷付けた子どもの気持ちを理解することは、
母親には出来ません。
なぜならそれは、自分が当事者ではないからです。
自分の居場所。
私は、きっとずっと幸せに育ってきたから、そんなことにも気づかなかったのでしょう。
花が咲き、花が枯れ、また次の年に花を咲かせる。
そこは、その花の居場所。
たんぽぽだって、種は自分の居場所を見つけて花を咲かせる。
鮭だって、帰る川がある。
白鳥だって、毎年帰る場所がある。
私は、できることなら時間を戻したいと思うけれど、
それが出来ないから、とても悲しい。
でも、私よりももっと悲しいのは、自分の居場所を失くした子どもたち。
明日の予報は、曇りのち雨、時々雪。
もう、3月が終わります。

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