今日はいいお天気で2018年06月02日 22:11

震災後に始まった東宝六魂祭が、今は東北絆祭と名前を変えて、
毎年東北の各県で開催されるようになりました。
今年は今日、明日と盛岡で開催。

今日はみゃむは仕事の日でしたが、上司から休むように言われて(交通規制で帰れなくなるから)、盛岡の中心部には近寄らないように過ごしました。

ます、昼過ぎに県営運動公園に行きました。
なぜかというと、今日は岩手県障害者スポーツ大会が開催され、
県内のハンディをもった人たちが色んなスポーツに挑戦し、
記録が良ければ秋の国体に行けるかも…という競技会でした。
というわけで、みゃむの後輩の女の子(高校生)が陸上競技に出場しているというので、二人で応援に行ってきました。
実は私も以前働いていた職場で、引率者としてこの大会に参加したことがありました。知的、精神、身体などの障がいをもった生徒や一般の方々が一堂に集まり、
日頃の練習の成果を発揮する大会なのです。

後輩の女の子もがんばっていました。

運動公園は、前々回の岩手国体(昭和45年)のときのメイン会場。
自然豊かなところです。
この噴水も48年前からありました。
今日は暑かったので、水しぶきが気持ち良かったです。


陸上競技の他、サブトラックではフライングディスクもやっていました。
他にもサッカーとかテニスとかで賑やかでした。

でも会場を少し離れると、こんなふうにとても静かなメインストリートが。
ハナとよく散歩に来たっけ、と思い出しました。


さてその後、私たちは最近お気に入りのカフェ愛宕下に行きました。
今日はテーブルが片付けてあって、
自由に座れる空間が設置してありました。


暑かったので、冷たい飲み物を注文。

今日はチェロの演奏がありました。
バッハ、バッハ、バッハ。
無伴奏の曲ってこんなにあるんだ。
他にもポップスや演歌の演奏も。


窓が全開で、心地よい風が通り抜けていました。
チェロの演奏と競演するかのように、ウグイスが何度も鳴いていて、
他にも知らない野鳥のさえずりも聞こえて、
なんだろう、映画のワンシーンのように感じました。


素敵な時間を過ごしました。
こんな空間にチェロの音色が響いている…とても幸せなひと時でした。

やれば出来る2018年06月03日 12:00

というより、私より上手い…。


みゃむのペンキ塗り。


おとめたち2018年06月05日 20:51

昨日、今日。
おとめの会2018が開催されました。
今回は、北リアス線を行く!

ただ電車に乗るだけではつまらないと思っていたら、
こんな切符を見つけました。


「きたいわて ぐるっとパス」
電車とバスを使って北岩手をぐるっとまわるとてもお得な切符です。
(JRの電車以外になります)
ということで、行ってきました。北岩手ぐるっと旅!

【盛岡→二戸】
9:12、盛岡発。いわて銀河鉄道で1時間ちょっと。
お喋りしていたら、あっという間に着きました。

【二戸→久慈】
電車を降りた私たちは、急いでスワロー号(JRバスに乗り込みました)
10:30発。一番後ろの席に陣取って、まるでテレビの旅番組気分。
誰が蛭子さん役か、それとも徳光さんか?みたいな(笑)
こちらも所要時間、だいたい1時間10分。
あまり通ったことのない道路だったので、新鮮でした。

【久慈市内観光】
11:40~。
観光といっても次の電車時間まで2時間30分しかなかったので、
まずは腹ごしらえ。
目指したのは、久慈市で一番有名なラーメン屋さん。
ら~めん千草というお店でした。


一番人気のシンプルなラーメンを注文しました。
小さな丼が昭和感満載。
あっさり、でもちょっとこってり…すごく美味しかったです。

その後、先月オープンしたばかりだという久慈にはちょっと珍しいお洒落なカフェに行き、コーヒーを飲みました。

そして、久慈市内の商店街をぶらりぶらりと歩き、三陸鉄道の久慈駅に到着。
あまちゃん満載の駅でした。

【久慈→田野畑】
久慈駅名物のウニ弁当は売り切れでした。
14:13久慈駅発。


電車が入ってきました。車両は1両。


こんな風景が何度か見られました。


13:04、だいたい1時間で田野畑駅に到着。
カンパネルラ田野畑っていうんだ。オッシャレ~♪
(カンパネルラは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくる少年の名前)


しかし、中にはこんな男子が。



【ホテルに到着】
田野畑駅から送迎車に乗って、ホテル羅賀荘に到着。
そのままお部屋に行こうとしたら、フロントのお兄さんが明日はヤマセが来るかもしれないから、北山岸壁クルーズは今日の最終便に変更した方がいいのでは?
と何気におすすめオーラ。
確かに今日はお天気もいいし、電車から見た海も静かだった。
よし、ならば地元民の言うことに従おう。


【北山崎岸壁クルーズ】



そびえたつ岸壁。これぞリアス式海岸。
そして、鳥好きにはたまらない餌付け。
ウミネコパン、硬いけれど食べれないことはなかったよ。


50分のクルーズはなかなかのものでした。

【ホテルでくつろぐ】
ホテル羅賀荘は、羅賀漁港のすぐそばでした。
ホテルでの過ごし方を不等記号で表すとこんな感じ。飲酒<食事=お風呂≪お喋り
(お喋りといっても、総会には重要な報告会です!)→総会だったのか(笑)


部屋のテーブルの上にあったテレビ番組表に端っこに、明日の日の出時間が書いてありました。
10階の部屋から見る朝日は綺麗だろうなぁ。


ということで、夜更かしすることもなく、その日のうちに就寝。
(朝8時半から喋ってるんだから、夜更かしする必要もないかw)

【翌朝の風景】




すぐ前の漁港から何艘もの船が沖に出かけていきました。
4時半に出て、帰って来たのは7時半。
あとから聞いたら、この日はウニの口開けだったらしく、決まった時間内に決まった数だけのウニを収穫するらしいです。
ちなみに三陸では「ウニの水揚げ」とか「ウニを捕る」という言い方はしません。
またウニをカゼと言います。だから正確には「カゼの口開け」。
口開けは、ウニだけではなくアワビにも使います。(親から聞いた話)

【北山崎】

ホテルをチェックアウトした後、送迎車と乗り合いタクシーで北山崎に向かいました。
滞在時間は2時間半。


ここから見える風景がコチラ。


お日様の暖かさといい、心地よい風といい、
とても幸せな気分でした。
松の木のの香りが少しして、広場に行くとクローバーの香りに包まれて、
なんていうのかな、30年前に戻った感じ。
子育てを楽しんでいた、あの頃の私たち。
しばらくぼーっとしていました。


昼食は、磯ラーメンを食べました。
そのお店はおじいちゃんとお父さんが漁師だそうで、今朝口開けしたウニ(ハゼ)があるというので、これは食べるしかない。
だって私たち。ホテルの窓からずっと、ウニを取りに行く小舟を眺めていたんだもの、あれが食べれるなんて幸せなことだよ。


3人前で1,600円。ウニ3個分だそうです。
なんたって新鮮。塩加減もちょうどよく、甘くて美味しかったです。
このタイミング、ラッキーでした(*^^)v

【田野畑→田老】

乗り合いタクシーで田野畑駅に戻り、再び三陸鉄道に乗りました。
田野畑13:03発、田老13:35着。

ここではボランティアの鈴木さんという方についてもらって、
東日本大震災について、学びました。



 
この件については、後日また詳しく。


約2時間の体験をして、帰りに田老駅のホームに立って電車を待っていた時の風景です。
この線路のすぐ下まで、津波が来たのです。
静かでウグイスがさえずっていました。静かでした。
それだけに、あのときのことを思うと、胸が苦しくなりました。

【田老→宮古】

三陸鉄道北リアス線、いよいよ最後の乗車です。
15:31発、16:05着。
この辺りはと長いトンネルが続きました。

【宮古→盛岡】

とうとう最後の移動になりました。
宮古16:05発、盛岡18:20着の106急行バス(岩手県北バス)に乗車しました。

もうお喋りは尽きただろう、さすがに静かに寝るだろうと思いましたが、
またまた後部座席を陣取って、旅番組終盤の気分で風景を楽しみました。


18:30分、盛岡駅で解散。

楽しい旅でした。
去年は酸ヶ湯温泉に行く途中、新青森駅で電車を見送ったというハプニングがありました。
(本人たちは未だにあの電車は来なかった!と思っています)
そういう意味で珍道中を期待していましたが、特に目立ったハプニングもなく、
大人になったなぁと、成長したなぁと思いながら、(ちょっとつまらなかった?笑)
無事に旅番組を完結しました。

「今夜はごはんどうする?」
それぞれ旦那さんの待つ家へ。
シンデレラは現実に戻った瞬間でした。

動画を3本、インスタにのせています。良かったら見てね。
(おこちゃん1503で検索)

津波遺構2018年06月07日 10:04

前にローカルニュースで見て、いつか行ってみたいと思っていました。
被災地でそれぞれの語り部ツアーが企画されていて、どれが一番とか順位をつけることは出来ませんが、でも、今回の「学ぶ防災」はちょっと特別でした。

かつては万里の長城のようだと言われ、過去の津波のたびに長く、そして高く作られた防潮堤。そこで暮らす人々は、この町だけは大丈夫と思っていたらしい。
しかし、そんな防潮堤も今回の大津波から町を守ることは出来ませんでした。
大きな防潮堤が、むしろ町民の視界を狭めてしまった。避難を送らせてしまいました。
作った年代によって、防潮堤の構造が全然違うことも知りました。
今のようにコンクリートの中に鉄骨が組まれているわけでなく、
土だけだったり石垣だったりと、その構造によって破壊されたり残っていたり。
(下の写真を拡大するとわかりますが、田老には大きな防潮堤が3つありましたが、町を守ることはできなかった)


私たちはわずかに残った防潮堤の上に立って、その説明を聞きました。
またボランティアさんの車に乗って高い建物の下まで連れて行ってもらい、津波が来た高さを体験したりしまいた。
たくさんの避難所(小高い山)の登り口を見ることもできました。
建設中の、これまでよりもっと頑丈で高い防潮堤の現場も見せてもらいました。

そして一番の目玉(こういう言い方は不謹慎だと思いますが、どうしても多くの人にこれを見てもらいたいと思うので)は、
田老観光ホテルの社長さんが、ホテルの最上階の一室から撮影していたという津波の映像を、実際にその部屋で見ることができるという体験でした。
 ※下の画像でいうと、6階の一番右側の部屋です。

大きなテレビの画面と窓から見える風景がほぼ一致しており、
あの山の高さ、あの灯台、あの建物のあそこまで…と見比べながら、まるで自分が津波が押し寄せる瞬間をリアルに体験しているような、そんな体験。
うまく言葉で表現することは出来ませんが、
まさかあんな大きな津波が来るとは誰も思っていなかった、
その様子が映像に映っている住民から見受けられました。
すでに防潮堤の向こうに大きな津波がやってきているというのに、住民には全く見えない。
時速100キロで防潮堤を超え、破壊し、津波は住宅街に押し寄せて来ました。
ホテルの6階にいた社長さんにしか見えない、その恐ろしい風景。
ゆっくりと非難を促している消防自動車がいました。
何かを取りに自宅に戻ったというおばあちゃんは、トコトコと家から出てきました。
大声で逃げて逃げてと叫ぶ社長さん。
しかし、あっという間に津波が、それらの風景をのみ込んでしまいました。
その迫力は、今までテレビで見た映像より凄まじかったです。


社長さんは、この映像をテレビでもYoutubeでも流していないそうです。
ここでしか、つまりあの部屋でしか見れないのだそうです。

ホテルは4階まで水に浸かったため鉄骨の柱だけになっていましたが、
それより上は全く普通の状態でした。
いつでも誰でも宿泊できそうなぐらい、本当に普通でした。
そのギャップがとても不思議な感じで、畳の部屋で説明を受けていても、
階下が破壊されたままとは思えませんでした。


今回の「学ぶ防災」、
他の市町村だと、自家用車かタクシーを自分で用意しなければならないところが多いのですが、3人までなら車を出してくれるというので、私たちはボランティアさんの車に乗せてもらうことが出来ました。
参加費はありませんが、復興協力ということで4,000円を寄付。(何人でも同じ金額)
また、1時間のところを2時間も説明していただきました。
本当にありがとうございました。いい体験が出来ました。

この日も盛岡市内の中学校がバスで防災学習に来ていましたが、
ニュースでは被災地を訪れる人が年々減少しているとか。
私自身も、今までは被災者の声を聞く体験をしてきましたが、
今回のような体験も必要だなと思いました。
どうぞ三陸にお出かけの際は、この「学ぶ防災」を体験してみてはいかがでしょうか。




久しぶりの雨2018年06月08日 23:35

天気予報が当たって、21時過ぎた頃から雷が鳴りだし、
大雨が降りだしました。
ずっと降っていなかった雨だったので、待ってました!と思いましたが、
ちょっと降り過ぎの集中豪雨です。

さて、地球には不思議なくらい理にかなっていることが多く存在しますが、
雷が農作物にとって、とても重要だったって知ってました?
そういえば雷のことを稲妻とも言います。稲という漢字が入っています。
実は私も詳しいことはわからないのですが、
つまり簡単に言うと、農作物が成長するときに雷が鳴ると、それの影響でよく育つのだそうです。
(放電によって空気中の窒素が水に溶け込む)
そのことは、宮沢賢治も気が付いていたようです。
すごいね。

子どものころ、家の近くの田んぼに大きな気が1本たっていて、
その木の根元に大きな穴があいていました。
大きな穴は、雷が落ちて出来たものだと大人から聞いて、
私は勝手に、こぶとりじいさんはこういう穴に入って寝てしまったんだなと思い込んでいました。
だから、ときどきその穴からこぶのあるおじいさんが出てくるような気がして、
怖くて走って家に帰りました。

その木のそばに、お地蔵さんもありました。
冬になってお地蔵さんに雪が積もると、かさじぞうを思い出し、
下手に雪をほろって笠でものせようものなら、えっさほっさとお地蔵さんがうちに米俵を運んで来る、それは厄介なことになると、見て見ぬふりをして走りました。

子どもって、面白いね。

幸せな時間2018年06月10日 00:18

どんちゃんが幼稚園のとき、たまたまママさんコーラスに入っていて、
クリスマス会のときのステージ発表で披露したのが、『どんなときも。』でした。
どんなときも~どんなときも~♪
コーラスで歌うと難しかった。
槇原敬之との出会いは、これが最初。

その後、みゃむと遠出するときは槇原敬之のCDを持参して、
車の中で大声で歌ったり、カラオケでも歌ったり。

そして今日、私たちは槇原敬之のコンサートに行くことが出来ました。

会場がZホール(奥州市、合併前は水沢市)。
水沢駅のホームには、ローカルニュースでよく見る風鈴がお出迎え。
素敵でした。



さて、
今回のMakihara Noriyuki Concert 2018 “TIME TRAVELING TOURは、
新しいアルバムからではなく、全てデビュー当時から選曲。
知っている曲が続々、嬉しかったです。
しかも立ちっぱなしを覚悟していましたが、
途中で座って聴く時間もあって、年配者にはありがたかった(笑)
でもそれ以外はノリノリで、私は声がかすれるほど一緒に歌い、手拍子で掌が痒くなりました。
みゃむもノリノリ。

なんていうのかな、幸せだったころの自分がよみがえってきて、
(今が不幸とわけではないw)
時々、涙があふれそうになりました。
そして何度も、今こうしている時間が幸せだなぁと思いました。

『どうしようもない僕に天使が降りてきた』という曲、これが大好きなのですが、
この曲のサビの部分、
走る君の髪でシャツで♪ 揺れるたくさんの白い羽根~♪
のとき、空から(天井から)たくさん白い羽根が落ちてきて、感動。
(羽根の形の白い紙きれでしたが)
家に帰って来たら、みゃむのポケットにその羽根が1枚入っていました。


アンコール曲の『遠く、遠く』と『どんなときも。』は、大合唱になりました。

楽しかった~。
平均年齢が結構高く、ほとんどの人が40代以上でした。
そうだよね、デビューが1990年だっていうから、みんな20代のころから応援してきた人たちということ。


またいつか、お会いしましょう。マッキー。

神子田朝市2018年06月11日 11:20

懲りずにまた行ってきました。
神子田朝市。
出迎えてくれたのは、あさどりくん。
抱きついているのは、知らない人の孫。(笑)


まだ薪ストーブが活躍していました。




といっても、椅子が6個あるだけ。


裏側にはこんなメッセージが。
盛岡の言葉は温かい。


というわけで、ここに陣取っていつものひっつみを堪能。

昨日はどんちゃんも一緒だったので、中身を撮影することが出来ました。
ほら、こんなのが数枚入っています。


このあと、コーヒーも飲みました。
椅子に座ったら、珍しくまったりしてしまい、しばらく二人で人間ウォッチング。
色んな人がいるなぁ。
5時、6時台は私を含め、おじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃんがほとんどですが、7時過ぎると若い人や子ども連れの家族が沢山来ます。



買って来たものは、小豆餅、草餅、ホヤ、海鮮焼きそば(みゃむの朝ごはん)、
大豆、ギボウシの苗、オレンジ、メロン、あとなんだっけ(◎_◎;)


どんちゃんと行くと試食がたくさんもらえるわ、おじちゃんたちが声をかけるわ、安くしてもらえるわ、良いことづくめ。
朝市の良いところは生産者との会話ですが、若い人と一緒だとそれ以上のお得があるのです。悔しいけど、若いっていいなぁ~。

万引き家族2018年06月11日 23:10

今日、今話題の映画を観てきました。
いつもなら(みゃむと観るとき)、いい加減時間が経ってから映画館に足を運ぶのですが、今回はみゃむが一緒じゃなかったので混雑を覚悟で行きました。

平日だったので、満席ではなかったけれど、となりの席の女性の移動中に足を踏まれてしまい、それが物凄く痛かったので、私も思わず大声で「痛った~い!」と叫んでしまいました。(年甲斐もなく、ですw)
見るとその女性、工事現場の監督さんかい、それとも軍人さんかいみたいな頑丈な靴を履いていて、
私のあの白い小人の靴はすごく柔らかい靴だったので、本当に指が折れたかと思いました。それだけ痛かった。
「あら、ごめんなさい、重かったでしょ?」
って、いや重たいじゃなくて、その靴の底が硬過ぎでしょ。

と思っていたら映画が始まりました。

是枝監督の映画を初めて見たのは、ずいぶん前です。
『誰も知らない』という映画でした。
娘たちと観ました。
そのときは、まさかこんなことが起きるはずがないと思っていましたが、
今では普通に、虐待というか育児放棄というか、映画の世界だけのものではなくなった…。
衝撃的でした。

その後は、『そして、父になる』『海街diary』のファンになり、
今回の『万引き家族』。
カンヌ映画祭でパルムドールを受賞しただけの作品でした。
なんていうのかな、是枝監督の作品は、
観終わったあとに、無言になるというか、感想を語れないというか。
感動はしているのですが、とにかく考え込んでしまいます。
今日もそうでした。
もうテレビでいろんな話題で持ちきりだから、あれこれ説明はしませんが、
世の中にはこういうことが実際に起きているんだろうな、と思ってしまう、
最近はそう思います。(誰も知らないのときとは違って)



6月から夏に向けて、観たい映画がたくさんあります。
次は何を観ようかな…。


どうしても気になる?2018年06月13日 09:50



しばらくこの紙をテーブルの上に置いていたら、
みゃむがこれに気がついて、
「ゆうこさん、これなに?」
「ねぇ、これなに?」
と何度も聞いてきました。

ん?型紙だよ。

「なんの?」

みゃむには気になるカタチなんだろうね。
あんまりしつこく聞くので仕方ない、教えてあげました。

布ナプキンだよ。

みゃむは察した。(でも実態は分からないと思うw)


橋の下2018年06月15日 22:51

橋の下で拾われたのは兄でした。(笑)
4歳年下の私は、なぜかそのとき、「お兄ちゃんはいいなぁ…」と思いました。
橋の下で拾われることが、憧れだったのでしょうか。
みんなに冷やかされているのを見て、羨ましかったのでしょうか。
おこちゃん3歳のとき。

さて、
今週から来月まで、保育の研修があるために市内に通う日々が続いています。
どうせそこまで来ているのだからと思って、研修後に1時間半ぐらい暇をつぶして、
みゃむと一緒に帰宅。
今日は、上ノ橋あたりを散策しました。

私が好きな中津川。
上流に向かって20分ぐらい歩けば、以前住んでいた山岸があります。
(ヤマメ少年、どうしているかな…)




土手を下りて、橋の下に行ってみました。


真下にあった「上の橋」という表示。
結構大きい。


振り向いたら、この風景。どどーん。


川岸を歩いてみました。




アリエッティが出てきそうな穴。
気になる。



そういえば、昨日。
川向こうのあの大きなイチョウの木の近くで写真を撮っていたら、


そうそう、これがその時の写真なのですが、


停車中に、カラスが何度も飛んで来て、
高いところから道路の真ん中に木の実を落とすのです。
コロンコロンコロコロ~。

最初は、走っている車に木の実を踏んでもらいたいのかな、と思って観察していましたが、上の写真でもわかるように、滅多に車が通りません。
なのにカラスは何度も私の車の前に木の実を落とす。
なぜ?どうして?

私は考えました。
カラスは私に走れと言ってる?
走ってこの木の実をつぶせと言ってる?

一度カラスと目が合いました。
(目が合うとまずいと聞いたことがる)
しかし私はこのカラスに何もしていない。
むしろ言いたい。私は鳥好き。

んん?もしかしてこのカラス。
私の車の上に木の実を落とそうとしているのか?

失敗するとまた木の実をくちばしにくわえて空に舞い上がり、
くるりと旋回してまたこっちに向かって来ては木の実を落とす。
あれれ。だんだん車に近づいて来る~。

カラスさん。
だめだめ、私の車の上に落としては。
私はアナタと遊んでいる暇はないのです。
時計を見たら、17時。
残念だったけれど真相を確かめることが出来ないまま、
その場を離れてみゃむの職場に向かいました。


ほんと、カラスって頭がいいなぁと思いました。
そして思った。
木の実はまん丸で茶色でしたが、待てよ、この季節にあんな木の実ってあるか?
も、もしかしたら小石だった?
ひぇ~(゜_゜)